今月のみ教え

人にはおおらかに、自分にはきびしく①

他に対してはおおらかに、自己に対しては厳しくということは、道を修めるものの大切な心構えである。道の先輩はこれを「春風をもって人に対して、秋霜をもって己を慎む」と教えている。銘記すべき言葉である。
それが油断するとこれくらいのことはと、自分を許してゆくようになる。そこにお道のとりはずしがある。古人は「かばかりのことは浮世の習いぞと、思う心の末ぞはかなき」と誡めた。

かつて教祖神は、美作の人で湯浅薩摩という神官と同宿された。枕を並べておやすみになり、よもやま四方山のお話を交わされた時のことであった。湯浅氏から「貴方の奉仕しておられる、今村宮のごさい斎じん神はどなたさまですか」と尋ねた。教祖神は静かに起き上がられて羽織、袴をおつけになり容を正して 天照大神 春日大明神 八幡太神の御三柱であります。とお答えになった。海のような広い心で、万人を抱擁してゆかれ反面、秋霜の厳しさで自らを持して居られた教祖神には、おやすみのままで御神名をとなえるという、そんな不遜な態度はおできになれなかったのであった。この一事によっても、教祖神のご日常をうかがうことができる。湯浅薩摩は のち松岡清見と改名して、お弟子の一人に加わった。

世の中には、悪いと知っていてもその悪いことをする者もあるが、それを気付かずに、道をはずれるというか、悪いことをしている場合もある。
俺は正直でまがったことは大嫌いだ。・・・という人も、大きな神の眼から見れば、相手を許し、慈愛で包む心に欠けていたり、自分で正しいと思ってやっている行為が、案外相手に悪くとられるといった結果になったりする。御七ヶ条に、「己がまんしんにて人を見下すこと」とあるが、これがお道づれにとって、常につつしむべき修行上の心構えである。私はその点をいつも「人にはおおらかであれ、自分にはきびしくせよ」といっている。

*これは先代の五代教主宗和様が、おつとめになられたお説教を抜粋して出版された「道に住む」からの内容です。

所長 佐々木ミツ子
所長 佐々木ミツ子

〒799-3114

愛媛県伊予市灘町315

TEL:089-982-0645